学びの雑記帳

日々学んだことの備忘録。

社会問題としての教育問題③④

講座3回目の備忘録をまとめる前に、講座4回目終了したので3,4と合わせての備忘録になります。

 

 講座の中で、下記の(元名古屋大学女子大生が犯した事件の)記事の中で、母親の発言(実際は他にもあったかもしれないが、この記事に出てきたものだけで)に対しての考察。

www.chunichi.co.jp

 

母親 「私の娘が犯した罪によって、被害者、遺族の方に深い悲しみや計り知れない苦しみを与えてしまい、親としておわびしたい。(中略)私たち夫婦が育てていなければ、娘は違う人生を送り、こんなようにならなかった。娘に対しても正直申し訳ない思いです」(赤字は記事より引用)

 

これは、もしも、自分の子が何かあったときに親からよく出てくる言葉ではないか。

もし、親にこういった発言をされた場合には、子どもがこれほどがっかりする言葉はないとのこと。

私も何かあったときに自分から出てきそうなフレーズだと思った。

なぜそう思ったかというと、前回の講座から自分の無自覚な部分にどれだけ意識的になれるか?を考えて自分の傾向にかなり自覚的になったからだと思う。

この記事全部を読んだ感想は、この親は子どもの感情に無関心だったこと、この加害者である子どもは親に対して非常に強い関心を向けてもらいたかったにちがいない。

 

小学校2年生のときに万引きをしようとしたときのエピソード。母親 「店を出る前に私が気づき、とても悪いことだと言うと『友達がやっている。お金を払うだけ損。友達だけ得してる』と。絶対にいけないこと、警察に捕まる、と話し、夫も注意した。夫の厳しい叱責(しっせき)には泣いたような気がする」

 

当時の年齢を考えると、親の模倣で育ってきているとすれば、子の発言は親の価値観から、そのまま出てきた言葉だろうとのこと。

お店のものをもっていってしまうということが万引きであると、その子は理解していたか。警察に捕まるって、どういうことか理解していたか。

とっさに出てきた言葉なんだろうけど、子どもに向かって発する言葉の重み。

子どもは小さな大人ではない。

 

小学5年生のエピソード。

母親 「それまでは『ママ』と呼んでいたのに、突然『きょうからあんたは下の名前で呼ぶから』と言われ、呼び捨てにされた。宣言するみたいに。理由を聞いたら、『こう決めたから、こうなの』という言い方をされ、注意しても直りませんでした」

 夫も「パパ」から「おやじ」になり、中学生になると自分を「おれ」「おれさま」と呼ぶようになった。

 母親 「自分をそう呼ぶときは、ちょっと得意そうな感じで、注意しても答えず、むしろ注意されておもしろがる様子だった。なぜそう呼ぶのか、理由はわからない」

 

こう決めたから、こうなの、というのも親の価値観として引き継いだものだろう。

9歳を超え、10歳11歳になると別の生き物になる。小2の対応にしろ、この発言に対して両親がその当時に何か気づき、加害者への対応を変えていれば、加害者は事件を犯さなかったかもしれない。

 

小六のとき、担任の男性教諭の給食にホウ酸を混入しようとし「友達がホウ酸をなくしたので、消しゴムのかすとホチキスのはりをいれた」と、高校生になって聞かされた。中学一年の二学期は不登校に。児童精神科で「ストレスの原因は親にある」と長女は話したが、母親に思い当たるふしがなく、転居した直後だったことからシックハウス症候群だろうと思っていた。家では夫が小一から中学生までピアノを教え、受験勉強も夫がみた。成績は「中の上」で、担任との面談には夫婦が交代で出た。男子生徒とけんかして頭を打撲したときは夫に「からかわれたから」と話したという。

 

不登校の理由がシックハウス症候群と思ったとのこと、ストレスの原因は親にあると子どもがSOSを発しているのに。ピアノも教え、受験勉強も父親が見ていたということ、でも加害者は父親をおやじと呼んでいた。父親の尊厳は?

 

中三のときのエピソード。

 母親 「(仙台の)自宅から山形の私の実家に向かう途中、片側一車線のトンネルで、北海道のトンネル崩落事故のことを私が持ち出し『怖いよね』と話したら、生き生きとした感じになって『他になんかないの?』と。それで『あんたと同じ年代の子で年下の子を殺した神戸児童殺傷事件があったよ』と話した。そうしたら、『すごい、自分と同じ年でそんなことができるなんて、すごい』と。美化する言い方にがくぜんとした」(中略)

 母親 「神戸殺傷事件のことは、娘が被害者になる側で、自宅に帰るときに気をつけなさい、という意味で言っていたのですが…」

 すぐに夫婦で話した。「大丈夫なのかしら、どうなるのかしら」という妻に夫は「変なことを話したからだ」と言いはしたが「今のうちだけだろう」とも話し、大ごとにはとらえなかった。

 

車というせまい密室の中で、退屈な状態であったと予想される場面で、その言葉が相手にどう響くかを全然考えずに出てきた母親の発言。変なことを話したからだ、とご主人は言ったが、今のうちだけだろうと話し、大ごとにはとらえなかった、とのこと。

 

以前に、加害者のツイッターをネット上で見たことがある。加害者は凶悪犯罪者たちをカリスマ的な存在と捉えていて、でも、この加害者だけじゃなく、他にも大勢凶悪犯罪者を慕う人たちがいることに驚愕した。この事件は氷山の一角なんだとそのとき思った。

 

自分の中に100人の自分がいるとして、そのうちの5人が表面的な自分。加害者の潜在意識下のあとの95人が、関心を向けてほしい、こっち向いてよって、大きな声で叫んでいるように読んでて思った。

この事件の加害者の予備軍はたくさんいる。

 

そう、親に関心を向けてもらえない子はたくさんいる。

私も他人事ではないと気を引き締めた。

 

長くなったので、また後日。